2008.08.15
せっかちを治すには手紙を書け。
[ design ]
かなり久々に手紙をしたためてみた。
手書きの文章って、こんなにも時間がかかって大変だったっけ。
小学校のころ、よく作文なんて書いてたな。
あんな長文。
キーボードでタイプしてるときって、頭の中は2文字、3文字先のことを考えながらタイプしている。
手はそれに勝手についてきてる感じ。
このペースで手紙を書いてしまうと、1文字飛ばして文字を書いてしまうことが多々ある。
手が遅いから。
そのたびに書き直しをして・・・
たかが2枚の手紙に何枚書き直したことか。
キーボード脳は、手書き脳から見るとかなりせっかちに見える。
手書きで文字を書くときは、今書いている文字に集中しないといけない。
日ごろ、せかせかと文章をタイピングいているボクにとっては、かなり煩わしい。
しかし、この「手紙を手書きする」という余裕がなければ、と。
余裕といっても時間的余裕だけではなく、気持ち的余裕。
下書きを繰り返し、時間をかけて、一文字一文字丁寧に書いていく余裕。
早く書き終わりたいから、さささーーっと字を崩して書いちゃえ、とかは心に余裕ない。
これって、なんか茶道とか折形に通ずる物がある。
PCとか機械でさささーーーーっとすまそうと思えばできちゃうことを、
わざわざ自分の手でゆっくりと所為を愉しむ。
今までのボクの人生で、一番欠けていて、そして、考えもしなかったこと。
便利にはなってきてるけど、それと引き換えに心の余裕をなくしてるように思える現代社会。
心の病気が蔓延しているけど、こういう文明の利器に踊らされている部分もあるのかなーと考える今日この頃です。
手紙かいてて思った。
美しい日本語が書けない!
上品で、丁寧な言い回しを覚えたい!
これもデザインの一種だと思うんだよね。
でも、勉強したからといってすぐ身につくものではなく。
まねっこでもわざとらしさが出ちゃうし。
覚えて、実際に使ってみて初めて自然と所為に出てくるようになる。
この自然体ってのが一番重要なのだな、何事にも。
ああ、やっぱり何事も一生勉強なのだな。
少しずつ、少しずつ。
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